小鬼田平乎の宣ひたるも露知らず

宣わんとやってられんのでね

私が子供だった頃の母親のお話

私が子供だった頃のお話(30年程前の話ですが)。

私の父親はそれほど子煩悩でもなく、子育ては全部に近い感じで母親任せでした。
母親が父親の役目も兼ねていて、お風呂の薪を作るという男仕事も母親がやっていました。
母親がチェーンソーを振るっている姿も良く見ていたものです。
その時分には母親は精神を病んでいて、今考えると薪を作っている時に何も起こらなかったのが不思議なくらいです。
その母親も私が小5の時の3学期の始業式の日に首を吊って死にました。
今日はその私の母親の話でもしましょうかと思っております。

私の母親は何でもさせてくれる人でした。
私が料理を作りたいと言えば止める事も無く、お菓子を作りたいと言えば止める事も無く、畑仕事を手伝いたいと言えば止める事も無く。
本当に何でもさせてくれる人でした。
そして、私が癇癪を起して途中放棄しても怒らずちゃんと後始末をしてくれる母親でした。
そして、学校が休みの日には弁当持ちで近くの浜辺に連れて行ってくれたり、春になると私の家の山に蕨取りに連れて行ってくれたりと色々な経験をさせてくれました。

そのおかげで、私は料理好きになり一通りの自炊は出来るようになり、色々考える事も出来るようになり、お金があまり無くても何とか切り抜けられるようになり、人の痛みも多少なりとも分かるようになり、自然が好きになり(特に植物が)、何とか生きて行ける様になりました。
本当に今の自分があるのは母親のおかげだとしみじみと思っています。
母親は短命でしたが、死ぬ前にちゃんと私に生きる術を教えてくれていたのでした。
本当に感謝の一言に尽きます。

今の私がこうして生きて行けるのは死ぬ前に母親が色々と経験をさせてくれていたからなんだなと、やっぱり経験は大事な事なんだなと、良し悪しは別として経験するに越した事はないんだなと、「若い時の苦労は買ってでもせよ」と言うのは本当の事なんだなと、今しみじみと思っております。

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